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2005.05.12 Thu
『暴力と芸術』

『芸術は野蛮か、崇高か? ナチ党首になった元貧乏画家ヒトラー、サディスティックな扇動家ダリ、殺人事件を犯したカラヴァッジオ、表現と暴力の親和性に初めてメスをいれた挑発的評伝』

この3人の生涯と作品を通じて、芸術そのものを読み解く鮮やかさに、深く心動かされました。

画家への道を閉ざされ、建築家になることを望みつつ、独裁者として圧倒的な権力=暴力で国家を、都市を、民衆の心をアーキテクトするヒトラー。彼にとっての芸術的行為への渇望・熱情が、あの凄まじい暴力の源となっていたことが想像できる。プロパガンダとして「退廃美術展」を開催、近代美術家を徹底的に嘲笑し、弾圧するヒトラー。途中、彼の描いた精緻な都市の姿が挿入される。あまりに精緻で、職人的で、芸術的個性の全く存在しないスケッチが、彼の中にある圧倒的な空白を語る。彼が何者であったのか、私には未だによくわからないのだけれど、極端に凡庸な芸術観をもった人間だからこそ生み得た、極端な野蛮さというコンテキストに納得する。またダリにおける美しき死の遊戯としての暴力的表現、そしてカラヴァッジォにおける、内なる鎮魂と外なる暴力が分裂しながらも融合する絵画、というように『美と暴力という妖しい双子の目眩く、目映いばかりの出会い』を、具体的に作品を分析し、その時代性を見つめながら、作者は発見する。

エピローグとして、神戸児童殺傷事件の少年Aの描いた絵を、この3人へのあてどもない彷徨であると、紹介する。精神を映す鏡としての芸術。人間の光と闇そのものである芸術。そのアンビバレントさに、私も魅せられるのだ。


アウシュビッツの写真を、私は未だ怖くて見ることができない。
この恐怖をいつか乗り越えることができるのだろうか?
アウシュビッツという土地にいつかたどり着けるのだろうか?
ただ、その周辺から、静かに少しずつ近付いていくしかないのだと、思う。
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【アンナの日記】

ホロコーストの時代に生きたアンネ・フランクにこの日記は関係ないけれどいつか訪れたいアウシュビッツの風景を記録として記憶として鮮明に残せるよう日常を少しづつ撮影してみたり文章を書いてみたり

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