2017-08

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2005.05.18 Wed
『アンネの日記』

この日記を書き始めたこともあり、
久しぶりに読み返しました。

たった1枚の隠し扉で隔たられた悲惨な外界の音を聞き、ホロコーストの恐怖に脅えながら、息を殺しただひたすらに日々を送るユダヤの人々。彼・彼女らの上には、狂気の種子が音もなくばらまかれ、黴のように侵食し、埃のように静かに積もってゆく。絶望と希望の間を行き交い、世界の終末と再生を同時に願いながら、閉ざされた空間で懸命に生きるアンネ。日記に描かれる言葉から、わたしは彼女のなまなましい肉声を聞く。いつからか、その声は、わたしのものとなる。アンネの言葉はわたしの言葉。わたしは読んでいるのか、書いているのか、どんどんわからなくなってくる。いまわたしはどこにいるのか、1943年のオランダ?それとも2005年の日本?けれど、アンネはわたしを追い越してゆく。極限の状況の中で、アンネの魂は紺碧の青空のように透みわたり、いたましいこの世界と向き合う力を得る。わたしは14才のアンネのまま取り残される。自身を制御できずこの世界に未だ慣れることのできないわたし。わたしは14才のアンネのまま、取り残される。

1944年7月15日
『わたしには、混乱と、惨禍と、死という土台の上に、将来の展望を築くことなどできません。この世界が徐々に荒廃した原野と化してゆくのを、わたしはまのあたりに見ています。つねに雷鳴が近づいてくるのを、いつの日かわたしたちをも滅ぼし去るだろういかずちの接近を、いつも耳にしています。幾百万の人びとの苦しみをも感じることができます。でも、それでいてなお顔をあげて天を仰ぎみるとき、わたしは思うのです。いつかすべてが正常に復し、いまのこういう惨害にも終止符が打たれて、平和な、静かな世界がもどってくるだろう、と。』

1944年8月1日に書かれた
最後の日記から3日後に、
アンネは秘密警察に連行され、
強制収容所で息絶える。

もうひとりのわたしの死に、
声を殺してわたしは泣いた。
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【アンナの日記】

ホロコーストの時代に生きたアンネ・フランクにこの日記は関係ないけれどいつか訪れたいアウシュビッツの風景を記録として記憶として鮮明に残せるよう日常を少しづつ撮影してみたり文章を書いてみたり

アンネさん少し力を貸してください




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