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2005.07.09 Sat
dots[KZ]

dots行ってきました。この日記読んでる人ならわかるでしょうけれど、まあ色んな気持ちを抱えて[KZ]へ。

観劇前に、baby-qのyokoちゃんにたまたま会ったり、yokoの知り合いのワイアーフリークさんにH●LL感想聞いたり、わたしの心のアイドルhuman flowerの内田欽弥さんに会ったり、今日来て良かったわん!嬉しいわん!

終演後は久しぶりにかなり真剣にアンケート書きました。

語り得ぬものは、語り得ぬからこそ、語られようとし、実際には語られるのです。語ろうとする意志はどうあるべきなのか。身体を提示するということはいかに覚悟を必要とするのか。ということを考えましたね。そして観客の想像力をどのように刺激するのか。

ワイアーの場合は、過剰なほどに、言葉という情報、テキストという情報を提示し、観客の想像を限定し、観客の想像を叩きのめすことによって、観客をテキストから言葉から遠く離れさせ、彼岸に連れてゆく、それがワイアーにとっての語り得ぬものを語ろうとする意志なのだろう(それができているのかは置いておくとして)と私は理解しています。その上に、ヒトの身体がどうあるべきかは、まだまだ考えなければならないところですが。

[KZ]の場合、台詞はなく、音と光と映像と身体と、いまここにある時間と空間の中で、いまここにあるヒトの身体で、[KZ]について語られるわけですが、そこにあるだけでいろいろなものを語ってしまう身体を、作品の中にどう位置づけるのか、収容所というテーマを知っているわたしたち観客の想像を、どのように限定し、働かせてゆくのか、なかなか難しいものだなと思いました。けれどカンパニーとして[収容所]という巨大な語り得ぬものに正面から挑むその姿勢にはとても好感を覚えました。

ラストにねじくれながらもヒトが前に歩むシーンはとても好きでした。わたしも何度も投げ出したかったと思います。それがあの時間と空間のなかでわたしの考える身体のありかたのすべてだったから。消えてしまうだけでなく、身体を取り戻そうとすることのすべてだったから。

concentration

頭の中で響きます。
作品の中で聞こえる低く響く男の声。

,,,where is my memory , ,where is my story , ,where is my body,,,,,


というわけで、詳しい感想というか覚書は以下に。
これから見る予定の方は、読まないでください。 低い戸口を入る。
腰をかがめて。
中は黒く暗く広い空間。
足元には戸口にのびる光。
わたしの影は後ろにのびる。長く。

開演の挨拶の後、
しばらく消えない客電。
咳をする人、話している人、深呼吸している人。
人々のざわめきが、何かの始まりを感じさせる。
そして、ゆっくりと、溶ける光。浸食する闇。

はじめに闇があった。

スクリーンに四角く切り取られた平面が闇の中光る。
遠い異国の風景。
駅、教会、街、家、野原。
収容所のある場所の風景。
さまざまに色を変え、
遠くはるか遠くに光る。
いま海の向こうにある風景が、
いまここに投影される。

そして、低い男の声が響きわたる。

where is my money ,
where is my dream ,
where is my body ,
where is my memory ,
where is my home ,
where is my energy ,
where is my hope ,
where is my life ,
where is my story ,,,,,

いつしか高い音が空間を満たしはじめる。
わたしの耳の中でいつも聞こえるあの高い音。

ヒトの気配。ヒトの塊。塊が移動する。
ヒトの塊が目の前を通り過ぎる。

塊からこぼれ落ちてゆくヒト。
するりと床に転げ、曲げ、延ばし、転げる身体。
いつしか、塊は失われ、
バラバラとなったヒトが、
あるレパートリーを反復する。
ずれながら、ぶれながら。
するりと床に転げ、曲げ、延ばし、転げる身体達。

駆け出す身体。
収容所の壁がおぼろげに姿を現す。
人々の前に立ちはだかる巨大な壁。
いつしかヒトは倒れていく。

倒れたヒトビトの中で、
身体を引きずり移動する女が身をよじる。
あらゆる暴力によって傷んだであろう身体を。
ようやく上体を起こす。

と、スクリーンに、線路。
奥へとのびる線路。
傍らに揺れる草花。
女の影がスクリーンに映る。
傷付けられた奇妙な身体が線路に影を落とす。

死体を運ぶ。
息を荒げ、必死に死体を集める。
死んだ女の身体は重い。
死んだ男の身体は重い。
そこには死体の山。
死体の山の中に身を埋める女。
静かにそこにある死体の山。

別の女の顔がこちらを向いている。
死んだ目がわたしたちを見つめる。
ただひたすらに、見つめられるわたしたち。
スクリーンには青く丸い光が通過し、
死体の山はほどけ、
女に見つめられるわたしたち、
わたしたちは女を見つめ、
死体の山はほどけてゆき、
いつしか消えてゆく。

服を脱ぎ、死んだ目に巻き付ける女。
ワルツを踊る。ただひとりで。
女の頭には記憶が巡り、音楽が聞こえる。
音楽は高まり、女は踊り続ける。記憶を相手に。

映像。
老人が戦争体験を語る。

立つ。爪先立ちで。危うい身体。震える身体。
安定を許されない身体。
安定を許されないコミュニケーション。

ヒトビトは前に進みながら、ねじれ倒れゆく。
ナトリウムの光が彼を彼女を照らす。
スクリーンには人が肉が粘菌のように蠢く。
花のようなカタチがバラバラになってゆく中。、
ヒトビトは前に進もうとし、けれどねじれ倒れゆく。
何度も何度も起きあがるけれど、
ナトリウムの光に色をなくし、
ねじれ倒れてゆく身体。
後ろに高くそびえる壁。
前へ向かい、ねじれ、倒れ、
けれど顔を前へ向け、前を見すえ。
ねじれても、ねじくれても。
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【アンナの日記】

ホロコーストの時代に生きたアンネ・フランクにこの日記は関係ないけれどいつか訪れたいアウシュビッツの風景を記録として記憶として鮮明に残せるよう日常を少しづつ撮影してみたり文章を書いてみたり

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