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2005.07.14 Thu
ゴッホ ゴホ

わたしは油絵具匂いフェチなこともあり、
鼻先に匂うような、
オイルの匂いでむせるような、
ごってり塗りこんだ作品が好きです。

そんなわけで、
日曜日に見てきました、ゴッホ。
1時間並んで。
ごった返すヒトゴミの中で。

今回はゴッホの活動の足跡をたどる、
時間の流れに従ったコンテキストで鑑賞する、
というコンセプトの展覧会なわけですが、
実際に足を運び作品を観て、
ゴッホというヒトの「生」そのものが、
リアリティを持って、
わたしという知覚を、
飲み込んだように思えます。

初期は暗い画面です。
聖書や靴という、
個人的な体験そのものを、
ダウナーなトーンで描きます。
光は清冽でなく、
闇の中にひっそりと存在し、
けれど確実に呼吸しています。
その「暗い光」ともいうべきアクセントが、
ある孤独をより際立たせています。

時代を経るごとに、
徐々に光が強く鮮明になっていきます。
けれどコントラストも同時にきつくなります。
絵の具の重なり、うねりも激しくなります。
一見は明るい画面に見えるのですが、
根源的な暗さはかなり強くなるのです。
ごってりと盛られた絵の具が、
光を乱反射させ、細かな闇を作り出します。
濃度を増し、光を増し、闇を増し、
「生」を記録するという行為が、
「生」という不明確なものそのものが、
濃密に画面にあふれます。

そして耳を切り落とした後の「晩年」という生。
年齢的にはそれほどではないのだけれど、
「晩年」としかいいようのない風景があります。
「死」を意識したものの見る世界。
「死」を覚悟したものの見る世界。
光にあふれ、闇にあふれ、色彩にあふれ、
激しくうねる絵具の軌跡。
自然の造形の中にある美しさが、
彼の目を通して、
具体的にカタチになります。
ゴッホの「原風景」そのものがカタチに。

その崇高な闇を光を、
描いたゴッホという生きたヒト。
全ての作品は遺作なのだと思います。
死後に体験するわたしたちにとって、
全ての作品は遺作なのです。
遺された「光」と「闇」。
遺された「生」。

今度見るときには、
常設の美術館で、
ゆったりと、のんびりと、
柵などなく、身近に、
鑑賞したいと思いました。
行かねば、オランダ。
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【アンナの日記】

ホロコーストの時代に生きたアンネ・フランクにこの日記は関係ないけれどいつか訪れたいアウシュビッツの風景を記録として記憶として鮮明に残せるよう日常を少しづつ撮影してみたり文章を書いてみたり

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