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2005.09.13 Tue
シカンノダンス

BABY-Q Solo Dance「ERROR CORD///pcshyoyplsh」
について書こうと思います。

勅使河原三郎に触れながら、
東野祥子に触れないわけにはゆくマイマイ!

オモイダソウ
アノジカン・アノクウカンヲ


『耳に入り込むノイズ
レコードのノイズのようにパチパチとはぜる
微かな断続音がうねりとなりわたしの渦巻きを満たしていく
いつしかわたしの身体を出て空間をも侵食する

細い光がゆっくりと空間に入り込む
硬質な点滴器具とビーカーがぼんやりと光る
髪の長い女が器具に何かを注ぎ込む
音が徐々に強まる
小さな人形がビーカーに向け下降する
ゆっくりとヒトガタがくだり
ゆっくりと闇が訪れる

闇が解け光が溶けレトロな分娩台が見える
ニチリと音のなるような黒革張りの奇妙なシート
背を向け囲むように男たちの影が落ちる
分娩台の中央には白いシーツと開かれた白い足
そしてまた闇

残された分娩台
その存在に空間は歪み軋み
わたしのこころを違和で満たす
その違和が臨界となるところで
白いシーツが蠢く、奇怪に
胎のあたりがグニグニと蠢く
さまざまにカタチを変えながら
やがてシーツは落ちていくズルリと
小さな白いカラダが見える
やがてカラダは剥れていくズルリと

分娩台の両脇にスクリーン
血が液体の中を沈んでゆく
濃厚な血液はドロリドロリとくだり
分娩台の女は中央でゆっくりと身を擡げる
堕ちた身体が、踊り始める』

冷徹な視線の感触がずっとここにあるのです
アフターダークで村上春樹が描いたような純粋な視点
都市を視姦する点が常にわたしを取り巻いています

そして血なまぐさい手術器具に囲まれながら
都市の輪郭を徹底的に力を抜いて描き
都市におけるセクシャリティを浮き彫りにします

勅使河原三郎と東野祥子の作品の手触りの違いは
実はその性にあるのではと思います

本質的にイノチのワから外れている男のヒトにとって
風花つまり晴天にはらはらと雪が舞い散るという常ならざる瞬間に
ヒトが呼吸をはじめます
突然出現する小さなヒトに対する大いなる違和

ところが女は
当たり前のように
オモミのあるヒトノコを生む
ドロリとした血の塊とともに
オギャアというノイズを奏でる血塗れの嬰児

ヒトというものはエラーである

その思考は女であるわたしにとって
都市におけるセクシャリティそのものです
哀しくもイノチのワに取り残されたわたしたち

無機質な分娩台の上で足を開き
冷たい器具に内部を掻きまわされ
医者という社会の男の眼にさらされながら
好まざるともイノチのワをつないでゆくのです

そうして生まれるエラーの集合体である都市は
ノイズや熱を発しながら
エントロピーを増大させながら
崩壊への道をゆっくりと進むのだと思います

けれどエラーが発生することにより
システムの変容の可能性もまた生み出されるのです

エラーだからこそ空間を混乱させ
エラーだからこそ消失を約束される

ラストシーン
東野祥子はただ呆然とスクリーンを見上げます
失われた風景
失われたヒトビト
自らもすべてを失います
多くのエラーを巻き起こしながらもエラーとして自らが失われます

そのあらゆるものの喪失に、ただ、ゆっくりと、身体を揺らします
そして沈黙と闇

ヒトやイトナミが消失し
ただ分娩台が残された空間
そこに手術器具が一気に降ります
銀色に光るその道具らは
失われたわたしたちをシカンし
その鋭い先端でわたしを貫いてゆくのです

ヒトはエラーとして世界に生まれオチル
ヒトはエラーとして世界から失せオチル

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【アンナの日記】

ホロコーストの時代に生きたアンネ・フランクにこの日記は関係ないけれどいつか訪れたいアウシュビッツの風景を記録として記憶として鮮明に残せるよう日常を少しづつ撮影してみたり文章を書いてみたり

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