2017-07

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2007.09.11 Tue
旅へ。

とうとう念願の東欧旅行に行きます!ホロコースト記念碑にも!ベルリンユダヤ博物館にも!本のない図書館にも!アウシュビッツにも!もう怖くて怖くて眠ってなんかいられなくなってきました。もう眠れることなんてないのではと思うくらいに。けれど、これまで眠っていた時間、強く印象に残るものもありました。まずは維新派「nostalgia」。懐かしくも美しいビジュアルと耳に残る独自の音楽の連鎖はいつものとおり圧巻なのですが、松本さんという日本人の眼から語られる、ヒトと世界の壮大な物語を見ることは、じゃりじゃりときしむ音をたてながら、砂のひとつぶひとつぶがわたしの胸に浸入してくるような、独特の体験でした。最近の作品では言葉は分解され、イメージのみが無限に連なるような、起きて見る夢の実体のようなものでしたが、その追求があったからこそ、物語がいかに語られるべきなのかの問いが深まり、ひとつひとつの事柄が豊かに連なり、すばらしい叙事詩を織りなしていました。あとは、大橋可也+東野祥子「9(nine)」のびわ湖バージョンと、サシャ・ヴァルツ&ゲスツ「ケルパー(身体)」。特に「ケルパー(身体)」は近年稀に見る物凄い衝撃の舞台でした。ほんまに見てる間ずーっと鳥肌がたってた感覚。怜悧な目線で徹底的に執拗に「身体」をさらけだすその作品は、ドライアイスのような手触りで、冷たすぎてむしろ熱く感じてしまうような、氷山が地球の裏側に突き抜けてしまうようなすさまじい何かでした。ヨーコちゃんの作品もそうだけど、現代的な身体を現出せしめようとする思いが強ければ強いほど、いかにわたしたちが身体を喪っているのかを思い知らされます。ヒトという何か、その不確かなモノはまさに黒々とした空洞でしかなく、地でぐるぐると蠢くわたしたちの思考を、その深い闇へしゅうしゅうと吸い込んでしまうのです。

さて、わたしはその闇へ飛び込みに行きます。
ディスクールにはおさまらない何かを自らの眼で確かめに。

では、行ってきます。

20070911.jpg

画像は進行中の映像をメインコンテンツとしたプロジェクトの一端です。
新サイト発表に先駆け、ブログも再開することとします。はいっ、スタート!
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【アンナの日記】

ホロコーストの時代に生きたアンネ・フランクにこの日記は関係ないけれどいつか訪れたいアウシュビッツの風景を記録として記憶として鮮明に残せるよう日常を少しづつ撮影してみたり文章を書いてみたり

アンネさん少し力を貸してください




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