2005-09

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2005.09.27 Tue
茶室を読む

報告書の資料に使いました。
http://www.japandesign.ne.jp/KUWASAWAJYUKU/KOUZA/11/interior/1/

わたしの家にも茶室が欲しいです。
茶室があってお庭があって野点もできればサイコーですよね。
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2005.09.25 Sun
鏡の絵画展

『鏡は、より完璧な絵画である』
/ゲルハルト・リヒター

壁に展示された大きなただの鏡。
正確にわたしの像が写される。
けれどわたしは決して向こう側に辿りつくことはできない。

わたしの眼前に立ち上がる「境界」

切り取られたリアルな空と、
ただグレーに塗りつぶされた大きな画面が、
展示室の中で対峙する。

極端な具象と抽象の狭間に立つわたし

写真を元に描いた精密な絵画は
同時に眩暈のような「ぶれ」を伴い、
もうひとつの幻影の世界へとわたしを導く。

わたしの知覚を常に揺さぶる仮象の世界

11枚のクリアガラスはわたしの輪郭を11重にもぶれされ、
8枚のグレーガラスはわたしを取り囲みわたしの存在を分割する。

曖昧になるわたしと世界の「境界」

草間彌生とゲルハルト・リヒター
奇しくも鏡という素材を使用する作品に
同時期に遭遇したわたしは、
その手触りの違いに驚きながらも、
作品との邂逅を存分に楽しみました。
涙がこぼれてしまうほどに濃密に。

芸術というものは、
こうも個人的な体験に帰結できうるものかと改めて思います。

逆に、いかに個人的な体験に帰結させることができるのかが、
わたしのアートに対する明確な要求となってゆくのでしょう。

彼は画面の中でこう語ります。
『何を作っているのか、わたしにはわからない。わかってはいけない。説明しうる作品を作ることはナンセンスだ。わたしの行為の全てを言葉にすることは決してできないのだ。』

http://www.kanazawa21.jp/richter/

2005.09.24 Sat
おはかまいり

きょうはおばあちゃんのおはかまいり
といっても血はつながっていないのだけれど

90分ほどてくてく歩いて行きました
空は曇天。霧のような微かな雨が体を濡らします

やまあいに立ち並ぶたくさんのおはかは
ふもとの里に整然と顔を向けています

苔むす小さなおはか
ピカピカに磨き上げられたおはか
へいたいさんの立派なおはか
そしておばあちゃんのはいったおはか

誰もいない墓地で
ゆっくりとおまいりしました

お盆に来ることができなくて
こんな時期になったのですが
静かで涼やかなおはかまいりも
なかなか良いものですね

2005.09.23 Fri
『魂のおきどころ』

『私は死んでもなお且つもっと深くもっと広々とはばたき、
今よりも一層、大きい力をたくわえて、
宇宙の果てまでも、のびていきたい。
そのことを考えると夜は眠りがたく、
私の生涯を今迄支えてきた命の限りの創造のエネルギーは
深夜の私を目覺めさせる。
生と死や愛についてへの思いが心の中に湧きかえってしまうので、
ベットを起きて筆をとって紙に向かう。
耐えがたいこの孤獨。
そしてそれを乗りこえるべく沈思のめくるめく斗いをつづけて
今日まで生きてきたのだ。』
/草間彌生

わたしにとって彼女のありようの全てが必然で、
その作品の前では呼吸を忘れるほどにこころが激しく揺れ動きます。

幻視に端を発した彼女の「無限の網」は変容しながらも増殖し続け、
その無限の強度を増していくのでしょう。
そして私のこころの中に深く深くもぐってゆくのです。

草間彌生の「魂のおきどころ」を
これからもずっと見つめ続けたいと強く願います。

あなたと同時代に生きたわたしのこの至福の思いをあなたにお伝えします。
わたしの魂の深きところよりお伝えしたいと、ただ思います。

http://www.city.matsumoto.nagano.jp/artmuse/p3/p3-html/p3-kikaku01.html

2005.09.22 Thu
コドモドモ

ときどき胸をかきむしられるほどに、
こどもが欲しくなるときがあります。

ジーンなのかミームなのか、
個人的嗜好なのかはわかりませんが、
とにかく猛烈な欲望。

わたしこども好きだし。
全てのこどもが好きとは言えないけど、
こどもの笑顔とか見ると、
もだえるほどに可愛い!と思うことがあります。

ヨーコダンスの感想「 シカンノダンス 」の
エラーをキセキに読み替えて、
内容を真逆にしても成立するのよね。

まあ、タイミングがあれば、
是非とも挑戦してみたいものです。

2005.09.21 Wed
タムくん

わたしの最近のナゴムヒトです。
ウィスット・ポンニミットさん。
でも彼には『くん』がふさわしい。
今春 graf にてライブがあったときに、
サインとかしてもらっちゃったのですが、
そのときの笑顔と、
握手をした手の温かさが
何モノにも代えがたい思い出。
会ってほんとに好きになりました。
最近オフィシャルサイトとかできてて、
いろんなところにひっぱりだこで、
大活躍のタムくん。
またアニメーションライブ行きたい!
新刊のまんが読みたい!

2005.09.20 Tue
東京奇譚

週末にまた東京へ。

ぜんぜん奇譚ではないのですが、
『東京奇譚集』発売記念ということで
タイトルだけでも。
 

続きを読む »

2005.09.17 Sat
痛みの違い

男と女で痛みの感じ方が違うようです。
http://www.economist.com/science/displayStory.cfm?story_id=4197761

生後6時間から分岐するということ、早っ!

男のヒトとは根源的に痛みの感覚を共有できないのですね。
まあ同性同士で共有できるかどうかも・・・ですが。

少なくとも現代の科学では痛みの感じ方は、
個体差でなく性差ということのようですね。

といっても英語読むのがしんどくなって、
最後まで読んでませんが!
そんなわけで写真のヒトが痛そう!
偏頭痛持ちのワタシには痛いほどよく分かります!
痛いほどの痛みを皆で共有しようではあーりませんか!

2005.09.16 Fri
はがき

はがきが届きました
旅先で出されたはがき
旅のかほりただようはがき
先の作品の感想もポロリと
こっそり見てくれていたみたい
とても嬉しくなりました
どんなお返事書こうかしらん

こころときめくはがきでした

2005.09.15 Thu
こみゅこみゅみゅ

mixi に入って最近の興味あるモノを検索。

やれやれ何でもあるなーと思い、
ついいっぱい入ってしまった。

わざわざ見に行かなくても、
ポータルのホームで、
教えてくれるのはなかなか便利ダナ。

まあでもこっそり感は引き続き。
あとキーワードは文学少女。

少女の頃に死に損なった、
文学少女の残り滓をテーマに。

2005.09.13 Tue
シカンノダンス

BABY-Q Solo Dance「ERROR CORD///pcshyoyplsh」
について書こうと思います。

勅使河原三郎に触れながら、
東野祥子に触れないわけにはゆくマイマイ!

オモイダソウ
アノジカン・アノクウカンヲ


『耳に入り込むノイズ
レコードのノイズのようにパチパチとはぜる
微かな断続音がうねりとなりわたしの渦巻きを満たしていく
いつしかわたしの身体を出て空間をも侵食する

細い光がゆっくりと空間に入り込む
硬質な点滴器具とビーカーがぼんやりと光る
髪の長い女が器具に何かを注ぎ込む
音が徐々に強まる
小さな人形がビーカーに向け下降する
ゆっくりとヒトガタがくだり
ゆっくりと闇が訪れる

闇が解け光が溶けレトロな分娩台が見える
ニチリと音のなるような黒革張りの奇妙なシート
背を向け囲むように男たちの影が落ちる
分娩台の中央には白いシーツと開かれた白い足
そしてまた闇

残された分娩台
その存在に空間は歪み軋み
わたしのこころを違和で満たす
その違和が臨界となるところで
白いシーツが蠢く、奇怪に
胎のあたりがグニグニと蠢く
さまざまにカタチを変えながら
やがてシーツは落ちていくズルリと
小さな白いカラダが見える
やがてカラダは剥れていくズルリと

分娩台の両脇にスクリーン
血が液体の中を沈んでゆく
濃厚な血液はドロリドロリとくだり
分娩台の女は中央でゆっくりと身を擡げる
堕ちた身体が、踊り始める』

冷徹な視線の感触がずっとここにあるのです
アフターダークで村上春樹が描いたような純粋な視点
都市を視姦する点が常にわたしを取り巻いています

そして血なまぐさい手術器具に囲まれながら
都市の輪郭を徹底的に力を抜いて描き
都市におけるセクシャリティを浮き彫りにします

勅使河原三郎と東野祥子の作品の手触りの違いは
実はその性にあるのではと思います

本質的にイノチのワから外れている男のヒトにとって
風花つまり晴天にはらはらと雪が舞い散るという常ならざる瞬間に
ヒトが呼吸をはじめます
突然出現する小さなヒトに対する大いなる違和

ところが女は
当たり前のように
オモミのあるヒトノコを生む
ドロリとした血の塊とともに
オギャアというノイズを奏でる血塗れの嬰児

ヒトというものはエラーである

その思考は女であるわたしにとって
都市におけるセクシャリティそのものです
哀しくもイノチのワに取り残されたわたしたち

無機質な分娩台の上で足を開き
冷たい器具に内部を掻きまわされ
医者という社会の男の眼にさらされながら
好まざるともイノチのワをつないでゆくのです

そうして生まれるエラーの集合体である都市は
ノイズや熱を発しながら
エントロピーを増大させながら
崩壊への道をゆっくりと進むのだと思います

けれどエラーが発生することにより
システムの変容の可能性もまた生み出されるのです

エラーだからこそ空間を混乱させ
エラーだからこそ消失を約束される

ラストシーン
東野祥子はただ呆然とスクリーンを見上げます
失われた風景
失われたヒトビト
自らもすべてを失います
多くのエラーを巻き起こしながらもエラーとして自らが失われます

そのあらゆるものの喪失に、ただ、ゆっくりと、身体を揺らします
そして沈黙と闇

ヒトやイトナミが消失し
ただ分娩台が残された空間
そこに手術器具が一気に降ります
銀色に光るその道具らは
失われたわたしたちをシカンし
その鋭い先端でわたしを貫いてゆくのです

ヒトはエラーとして世界に生まれオチル
ヒトはエラーとして世界から失せオチル

なんてことを思いましたよ

2005.09.12 Mon
幸福の週末

週末に新国立劇場にオペラを観に行ってきました
ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
ヒトラーのプロパガンダに利用された悲劇的喜劇

わたしは本で読んだりテレビで見たりすると
すぐに体験した気になってしまう馬鹿者ですが
ライブのものを切り取った情報のみで語るべからず!だと実感
そんなん厳密に言うとヒトの作るものなぞ何も語れないのですが
まあそこのところは語ろうとする情熱で乗り越えて!
 

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2005.09.09 Fri
あどけない話

今日はクロムを観に行きました
開演前もみゃさんとお話ししました
ワイアの今後について熱く話してしまいました
宣伝スイッチ入っちゃって
ご期待ください!とかふんがな感じ
なーにやってんだかワタシ

あどけない空の話である

2005.09.07 Wed
ワカレノカオ

さよならのときのヒトの顔が好き。
特別な別れでなくいつもの別れ。
またすぐに会えると信じている日常のさよなら。
その別れのときの気負いない顔が好きです。
二度と会えないと無意識に予感しているような、
少しはにかみさらりとした素直な笑顔。
さようなら、また会いましょうね。

2005.09.01 Thu
どうでもいいことだらけの毎日だけど

いかに日々わたしが引き裂かれているかがわかりますね、この日記。

どちらかの極に全力で走ろうとするのだけど
中央から繋がるゴムベルトみたいなものが付いてて
極にたどり着く前にボヨーンと逆方向に飛ばされ、
もうひとつの極にまた全力で走る!そんなわたし。

いつか極にたどり着けるのかしらん。

とそんなことを思いながら、
情報の伝播というようなことも考えるわけで、
そんなわけで「棒の手紙」
http://homepage3.nifty.com/hirorin/bonotegami.htm

進化系統樹が秀逸ですね。
滅んでいく種があるのが何とも哀切をそそります。

情報が伝播する中での誤読・曲解にこそ
わたしの絶望があります。わたしの希望があります。

引き裂かれた末、どこに着くのか、着きたいのか。
どうでもいいことの中にどうでもよくないことがあるのでしょう。
どうでもいいですか?

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【アンナの日記】

ホロコーストの時代に生きたアンネ・フランクにこの日記は関係ないけれどいつか訪れたいアウシュビッツの風景を記録として記憶として鮮明に残せるよう日常を少しづつ撮影してみたり文章を書いてみたり

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