2005-06

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2005.06.29 Wed
どう過ごすか?

公演後1週間くらいは、
どう過ごしていのか、
本当にわかりません。

ぐるぐる巡る、
あのシーン、
あの言葉、
あの動き。

思いつくのです、
よいアイデアを。

見えるのです、
ダメだったところが。

とにかく本を読もう!
慣れるまで。
読みかけの本が、
6冊もあるのだから。

眠れぬ夜は、
両手に本を抱えて。
傍らにたくさん本を積んで。

暑いですね。暑いなぁ。
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2005.06.28 Tue
オモイ

わたしの身体が
わたしであることとは
どういうことなのか?

わたしはもっと
わからなくなりました。

でも、
それでいいのだと思います。

「ここ」に
至ったことが、
むしろ重要なのだと思います。

収容所に連行される途中で、
ユダヤの人々が見た、
列車の窓の外の風景も、
同じことを感じさせたのかもしれません。

わたしの身体が
いまここにあるのは
どういうことなんだろう。

たくさんの悲鳴が聞こえます。
こどもたちの、おんなたちの、
たくさんのにんげんの声が。耳元に。

わたしは思います。
わたしの身体が
わたしであることとは
どういうことなんだろう。

おびただしい血が流れています。
河のように、頭が、手が、体が、足が、
流れていきます。目の前を。

久しぶりにニュースを読むと、
いまここに身体があることが、
とても奇妙に思えてなりません。
生きるひとびとそれぞれに身体のあることが、
不思議でたまりません。
そうして日常へ。
重い思いを抱えていても、
軽やかに歩きたいものだなぁ。

2005.06.27 Mon
終焉

わからなくなる。
ここはどこだろうと思う。
ひどく耳鳴りがする。
耳の奥から高く断続的な音がする。
まばたきができない。
目をつぶると、
すべてがなくなってしまう。
わたしはどこにいるのだろう。
闇も光も、
知覚の外に追い出され、
わたしも消えてゆく。

やっぱり
どこにもない、
わたしの身体。

もう思い出せない。
あの闇の感触を。
あの光の感触を。

もうすぐ最期が始まり終わる。
どこにもないわたしの身体は、
語ることもできず
投げ出すこともできず
ただ奥深くに埋められるのか。

でも、
そこにある軌跡を
たどるしかない。
もういちどだけ。

百万年後のきょう、
お会いしましょう。

それまでは、
星を見つめていてください。
めにみえぬひるのおほしを。

百万年後のきょう、
また、お会いしましょう。

2005.06.21 Tue
親愛なるキティへ

「(不安に際しては)すべての物と我々自身とが一種のどうでもよいことへと沈む。しかしこれは単なる消滅ではなく、すべての物と我々自身とが、この滑り去ることそれ自体によって、我々の方へ向く。不安に際して、我々の周囲でひしめいている<全体として有るもの>のこの滑り去りが、我々を圧する。いかなる支えも残っていない。ただもう、有るものの滑り落ちによって、この『いかなる ― もない』だけが残っていて、これが我々に降りかかってくる。不安が無をあらわにする。」形而上学とは何か/ハイデガー

「良心の呼び声を了解することで、現存在はダス・マンとして自己を喪っていたことがあらわになる。決意性によって、現存在は自己のもっとも固有な存在の可能性へと回帰する。この自己に固有な存在の可能性が、本来的に捉えることができるのは、最も固有な可能性としての死へと関わる、了解しつつある存在においてである」存在と時間/ハイデガー

ヴィトゲンシュタインと並ぶ
もうひとりの20世紀の思想の巨人ハイデガー。黒森の哲人。

「死に臨む存在」として、
「そこ」に投げ出されたわたしたちの身体。

人間という現存在は、
「死」を意識することによって、
過去をひきずりながらも、
本来的な自己へと向かって、
自らを投げ込むのでなければならない。

ここにある身体を
見つめてください。
否応なく
「ここ」に
このよるべなき世界に、
投げ出された、
わたしだけれど、
わたしの身体は、
「存在」と「時間」という、
メタファーを、
理解しようとして、
言葉にならない、
像を、イメージを、
カタチにしようとして、
「死」に臨んで、
未来へと、










親愛なるキティへ
もういちど会えてうれしいです。
あなたの存在がわたしにとって、
どれほど大きかったか。
アンネとアンナが共有する、
もうひとりのわたし。
また、いつか、
お会いしましょう。ね。

2005.06.14 Tue
『現代建築・アウシュヴィッツ以後』

『アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である』 アドルノ

ホロコーストによって、
記憶を物語として再生させるヒトが抹殺され、
サバイバーも自らを保つために記憶を物語を封じ込める。
決して語りえない、決して語られることのない、たくさんの言葉。
記憶の不在、物語の不在。
圧倒的な歴史的空白。

『アウシュヴィッツ以後の現代建築ですら払拭しえない、空間の効率化と合理性という死の工場に通底する思想と発想。ナチス的欲望は、建築のみならずわれらの文化に隈なく偏在する現象なのか。現代建築の核心に迫り、新世紀の文化の究極を追求する』

大量のユダヤ人を、綿密な計算の上、収容所に輸送する、死の列車。
整然と、淀みなく、死体を生み出すアウシュビッツという名の、死の工場。
ホロコーストを通過したわたしたちは、
物語とそして物語る主体のヒトと都市と
どのように距離をとり、どのように向き合うのか。
現代建築を材料にしながら、この世界について、筆者は真摯に語る。

見失ってはならないと思う。
わたしの軌跡を。
わたしがいまここにあることを。
足元にはたくさんの骨が埋まっている。
たくさんの語られなかった言葉が埋まっている。
それを知ることができるのはわたしだ。
踏みしめたいと思う。
血塗れの大地を。
そうして見上げた空の色を
感じたいと強く願う。

この日記は
スカトリロをめぐる思考のクロニクルだ。
スカトリロ最終作「H●LL」では、
ここに残したわたしの言葉を飲み込み、
野蛮なことだと知りつつも、
カタチにならないカタチとして、
わたしの記憶を物語りたいと思う。

親愛なるキティへ
しばらくお会いできません。
さようなら。
劇場でお会いしましょう。

『世界と生とは一つである』 ヴィトゲンシュタイン

2005.06.12 Sun
ふたりのおとめ

「花とアリス」のメイキングDVDを見る。

大好きな鈴木杏と蒼井優が笑うたびに、
胸がいっぱいになって涙がこぼれ息が詰まる。
ついにはクッションに伏し顔をうずめ泣く。
どうしてこんなに泣いてしまうのだろう。
「もう彼女たちは死んでいる」のだと、ふと思う。
画面に映る失われた時間と空間。
二度ともどらないあの風景。

それを、何度も、リフレインして、
わたしは彼女たちを再生し続ける。
いつまでも、いつまでも。

2005.06.08 Wed
ひととはなにか2

ひととは何か?

風太くんは、
わたしたちに、
何を語るのか?

なんちって。




2005.06.08 Wed
リンク追加

松岡正剛の千夜千冊
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/

本のあるこの幸せよ。
人の望みの喜びを。

一冊一冊の感想がすばらしいので、ちびちび読みます。
タルホのとことか、いつ読もう!あー、楽しみ。
あたしももっと本を読もう!という気持ちでいっぱい。
一千一秒も千夜一夜も物語を言葉を読んでいたい!

2005.06.07 Tue
ことばはせかい

20世紀の巨人のひとり、ヴィトゲンシュタイン。

『言語(Sprache)の(有意義な)諸命題すべては
各々世界の諸事態の「像」(Bild)である。』

わたしたちが抱える言葉の問題。

言葉を発するあまりの苦しさに、
知覚を閉じてしまうわたし。

正しく言語化できないものは、
この世に存在しえないのか。

けれど、
言葉を尽くし、
身体を尽くし、

ここにある
喪失を、

あらかじめある
喪失を、

その
像を、
イメージを、

わたしは、
みずからは。

2005.06.04 Sat
いいわけ

親愛なるキティへ

毎日あなたへことばを届けることで、
わたしの記憶を、
あなたのものとして、
残したかったのだけれど、
ちょっと難しくなってきました。

空は高く、とても高く、
ことばははるか遠くにあるのです。

できるときに
できることを。

つまりは、
ときどきお便りします。

それでは、また。

2005.06.02 Thu
蘇鉄地獄

ソテツが昔から好き。
突然南国が出現するのも好き。
雄花がプチプチしてるのも好き。
雌花がフワフワしてるのも好き。
蹉跌に語感が似てるのも好き。
冬にぐるぐる巻きにされるのも好き。
毒があるけど食べられるのも好き。
ソテツ地獄っていうことばも好き。
なんでわたしここにいるのって感じが好き。

2005.06.01 Wed
引用

「恋とはどういうものかしら」/岡崎京子より
あいだにほんとうはまんががはいります。
オカキョンの回復を心より祈ります。
切実に、祈ります。

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【アンナの日記】

ホロコーストの時代に生きたアンネ・フランクにこの日記は関係ないけれどいつか訪れたいアウシュビッツの風景を記録として記憶として鮮明に残せるよう日常を少しづつ撮影してみたり文章を書いてみたり

アンネさん少し力を貸してください




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