2017-05

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2006.07.20 Thu
「心臓を貫かれて」

帰り道はひどい雨だった。
アスファルトで固められた地面は、
雨水を吸収することができず、
水をそこに留めている。
そこから溢れかえる水は、
地上の汚れを含み、
低きへと流れ落ちていく。

アメリカの地に降る雨。
地はもうそのどろどろとした液体を含むことができない。
溢れる雨が作りだした、地の表面をごうごうと流れる河。
そこに立つわたしの足は、泥に塗れ、赤く染まる。
そして、その強烈な流れに足をとられ、
錆びた鉄の匂いのするその河に、ずぶずぶと沈んでいく。
わたしの躯はその液体に飲み込まれ、
わたしの口はその液体を飲み込み、
わたしの肺をいっぱいに満たす。
もう息はできない。
深い渦に巻き込まれ、
もうどこにも戻ることはできない。

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「クレマスター2」は、一連のシリーズの中でも異色の作品だった。「クレマスター」全作品に通底する、つるりとした半透明の精液のイメージ。ツンと抜けるアルカリの臭い。けれど、「クレマスター2」では、どろどろとした赤黒い血が、直裁的に現れる。ぬめぬめとした血の拘束、血の連鎖、血の呪い。その錆びた酸性の匂いに刺激され、本の頁をめくりはじめた。

読みながらそのあまりの闇の濃さに頭痛がする。
ここから、脱出できるのか。救済はあるのか。
フーディニーの奇術は、真の脱出を為し得るのか。

読みかけの本を閉じ、
わたしはその呪いの恐怖を少し逃がす。


 『心臓を貫かれて』(マイケル・ギルモア)より

 僕はこの物語をよく知っている。何故なら僕はこの物語の中に閉じこめられていたからだ。僕は生まれてこの方、その原因と結果の中に、細部と、消し去ることのできない教訓の中にずっと生きてきた。僕はこの物語に出てくる死者たちのことを知っている。彼らがなぜ他人の死を作りだしたか、なぜ自らの死を求めたかを知っている。そしてまた、ここから立ち去りたいと望むのなら、僕は自分の知っていることを語らなくてはならないのだ。
 だから、さあ、話を始めよう。

 僕の兄は罪もない人々を殺した。名前をゲイリー・ギルモアという。
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2005.07.08 Fri
『胎児の世界』

『このように見てくると、人間のからだに見られるどんな“もの”にも、その日常生活に起こるどんな“こと”にも、すべてこうした過去の“ものごと”が、それぞれのまぼろしの姿で生きつづけていることが明らかとなる。そしてこれを、まさに、おのれの身をもって再現して見せてくれるのが、われらが胎児の世界ではなかろうか。』

WI'REのサカイヒロTさん(仮名)が、
H●LL稽古帰りの電車の中で、
ニコニコして読んでいたので、
読んでみました、『胎児の世界』。

『ドグラ・マグラ』大好きっ子ちゃんのわたしが、
面白くないはずもなく、
三木成夫というヒトの壮大な夢想が、
鮮やかな論理によって、
探求という勇気によって、
科学として次第にカタチをなしてゆく、
そのことに感動しました。

特に、
ホルマリン漬けの胎児の頭を切り落としてしまおうか、
悩みながらも実行するくだりは息を呑みました。
そして、
その切り離され顕わになった胎児の顔の、
発生段階ごとの精緻なスケッチは、
迫力に満ちており、不思議に満ちており、
本当に圧倒されました。

何を隠そうわたしは学生時代は遺伝子工学を専攻しており、
そしてなおかつ発生学を専門としており、
発生過程を研究する上で、
ウズラの卵を切開し、
遺伝子操作した幹細胞を注入して、
発生段階を研究し、
キメラウズラを誕生させるという、
そんなことをしておりましたよ、ああナツカシや。

イノチの不思議。ヒトの不思議。わたしという不思議。

わたしたちにプリントされている広大な地図。
まだまだヒトの力では理解できるものではありませんが、
情熱で勇気で読み解こうとするヒトの野蛮さを狂気を、
いとおしいと素直に思います。

『松岡正剛の千夜千冊』でも紹介されています、本書。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0217.html

あたしの最近のささやかな夢は、
インテリジェンスあふれるおじいちゃまから、
このよの森羅万象ありとあらゆるお話を聞きながら、
ゆっくりと眠りにつくということです。

波のリズムを、
宇宙のリズムを、
イノチのリズムを、
感じながら。

安らかに眠らせてください。

2005.07.04 Mon
『匂いの魔力-香りと臭いの文化誌』

『誘惑する力、差別する力、殺す力、癒す力』

いにしえには生死を左右する唯一の感覚とされるほどに、力を持っていた嗅覚。香りは血であり、血は香りである。古今東西さまざまな宗教的儀式で、香は血とともに用いられる。血の契約は香りとともに交わされる。そして、治療。ヨーロッパに蔓延した黒死病の治療に、呪術医によって瀉血とアロマテラピーが同時に行われる。香草が焚きしめられた空間で、患者からあふれ出す病の血。そして暗黒の世の終末には、ミルラで処理された死体ミイラが薬として用いられる。

分子と受容体の、直接的な接触によって得られる「匂い」という現象に、わたしたちはいかに接し、魅了され、恐怖してきたか。絶大な力を持つ「匂い」だからこそ、現代の私達は、無視し、抹殺しようとしているのではないか。

死臭あふれる暗黒の時代。死臭が隠匿された暗黒の時代に生きる私達は、この失われた感覚とどのように向き合うのか。想像でない、本物の死の匂いと。

2005.06.14 Tue
『現代建築・アウシュヴィッツ以後』

『アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である』 アドルノ

ホロコーストによって、
記憶を物語として再生させるヒトが抹殺され、
サバイバーも自らを保つために記憶を物語を封じ込める。
決して語りえない、決して語られることのない、たくさんの言葉。
記憶の不在、物語の不在。
圧倒的な歴史的空白。

『アウシュヴィッツ以後の現代建築ですら払拭しえない、空間の効率化と合理性という死の工場に通底する思想と発想。ナチス的欲望は、建築のみならずわれらの文化に隈なく偏在する現象なのか。現代建築の核心に迫り、新世紀の文化の究極を追求する』

大量のユダヤ人を、綿密な計算の上、収容所に輸送する、死の列車。
整然と、淀みなく、死体を生み出すアウシュビッツという名の、死の工場。
ホロコーストを通過したわたしたちは、
物語とそして物語る主体のヒトと都市と
どのように距離をとり、どのように向き合うのか。
現代建築を材料にしながら、この世界について、筆者は真摯に語る。

見失ってはならないと思う。
わたしの軌跡を。
わたしがいまここにあることを。
足元にはたくさんの骨が埋まっている。
たくさんの語られなかった言葉が埋まっている。
それを知ることができるのはわたしだ。
踏みしめたいと思う。
血塗れの大地を。
そうして見上げた空の色を
感じたいと強く願う。

この日記は
スカトリロをめぐる思考のクロニクルだ。
スカトリロ最終作「H●LL」では、
ここに残したわたしの言葉を飲み込み、
野蛮なことだと知りつつも、
カタチにならないカタチとして、
わたしの記憶を物語りたいと思う。

親愛なるキティへ
しばらくお会いできません。
さようなら。
劇場でお会いしましょう。

『世界と生とは一つである』 ヴィトゲンシュタイン

2005.05.28 Sat
『対象喪失』

「知的には、愛する対象はもはや存在しないことがわかっているのに、人間はリピドーの向きを変えたがらず、代わりのものがさそっているというのに、それでもその向きを変えようとしない。」「悲哀の仕事とは、この対象とのかかわりをひとつひとつ再現し、解決していく作業である」

「モラトリアム人間」という言葉を作りだした作者が、
「対象喪失」に対する人間の反応について、
フロイトの「悲哀の仕事(mourning work)」について記述しながら、
現代(といっても1979年ですが・・・)の病理を読み解く
すばらしくすばらしい本です。

ユダヤ人強制収容所における人々と、
現代のわたしたちが、
「対象喪失」に対して、
同じような病理を抱えているという考察に、
非常に納得しました。
静かに、深く。

そして、
多くの喪失と悲しみの症例に触れることで、
わたし自身が行うべき「悲哀の仕事」が、
少し進んだような、
そんな気がしました。

「悲哀の仕事」とは、喪失の必然と和解すること。そして、喪失を受け入れること。失った対象または失う自分を心から断念すること。しかしながら、悲哀の苦痛は、依然として苦痛としてそこにある。それが、人間の限界で、現実だ。

死だけでなく、常にわたしたちに寄り添う影である、喪失という現象。喪失に対する悲しみを極めて丁寧に記述している本書。必携の書です。

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【アンナの日記】

ホロコーストの時代に生きたアンネ・フランクにこの日記は関係ないけれどいつか訪れたいアウシュビッツの風景を記録として記憶として鮮明に残せるよう日常を少しづつ撮影してみたり文章を書いてみたり

アンネさん少し力を貸してください




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